On setting things down

長いあいだ何かを握っていると、手のほうがそのかたちを覚えてしまう。荷物を下ろしたあとも、指はしばらく丸まったままで、何も持っていないのに、まだ持っているように痛む。

わたしたちが「手放せない」と言うとき、たいていは荷物の重さの話をしている。けれど本当に重いのは、荷物そのものではなく、それを握りつづける手のかたちのほうだ。

下ろす、という動作

下ろすことは、捨てることではない。捨てるには勢いがいる。下ろすのに、勢いはいらない。ただ、手をひらく。それだけのことが、なぜこんなにむずかしいのだろう。

たぶん、握っているあいだは「まだ何かをしている」と感じられるからだ。手放した瞬間、わたしたちは急に、何もしていない自分とふたりきりになる。その静けさを、わたしたちは長いこと、こわがってきた。

けれど、ひらいた手のひらは、空っぽなのではない。そこには、次にやってくるものを受け取るための余白がある。降伏とは、その余白をこわがらないことだ。

最初の一冊として、この手記はそこからはじめたい。何かを下ろしたあとの、あの少し心もとない、けれど確かに軽い夕方の感じから。

#surrender · #memory

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